土井中照がお送りする「ミラクルワールド=愛媛」のご紹介です。
歴史や民俗、食材、郷土料理、名産品、パワースポット、県民性など、びっくりする情報をお届けします。

秋祭りのシーズンは愛媛県民に気を付けろ‼

喧嘩祭りと呼ばれる「新居浜太鼓祭り」

温和で明るいとされる愛媛県民ですが、祭になると人が変わります。愛媛の祭には「喧嘩」がつきものなのです。
新居浜の「太鼓祭り」は「喧嘩祭」といわれます。京都祇園祭の「山車」を起源とするこの祭りでは、豪華な立体刺繍で彩られた太鼓台が主役です。重さが二トン以上もあり、百人以上のかき夫と呼ばれる男たちに担がれる巨大な太鼓台は、新居浜の各地区に四十八台があり、それぞれの地区において勇壮なかきくらべが披露されるのです。

かき夫たちは、太鼓台を大きく揺らして上げ下げしたりし、掛け声や笛の音に合わせて日夜踊り、会場を盛り上げます。「そーりゃ!そーりゃ!」「チョーサじゃ」の掛け声が上がると、観衆たちから大きな拍手が送られ、パフォーマンスがさらに盛り上がります。

この祭では、昭和20年(1945)から平成元年(1989)までの間に588名の死傷者を記録しています。昭和28年(1953)では80人、昭和45年(1970)には50人もの死傷者がでました。そのため、「鉢合わせ」と呼ばれる太鼓台同士のぶつけあいを禁止する勧告書が警察から出され、幾年かは平和な祭となっていました。

しかし、平成6年(1994)、太鼓台の鉢合わせでかき夫1人が死亡し、太鼓台の担ぎ手や見物客ら40人以上がけが人となります。平成9年(1997)には激しい鉢合わせに巻き込まれた見物の女性が死亡するという事故がおき、太鼓台の担ぎ手ら13人が重軽傷を負いました。

これらの事故の原因は、見物客が鉢合わせをはやし立てることにもあるようです。「鉢合わせ」の際には太鼓台の飾り幕を外すために、攻撃の態勢に入ったことが見物人に伝わり、太鼓台をけしかけます。また、地区ごとの対抗意識もあり、長年の恨みつらみが「鉢合わせ」で爆発するのです。

現在では、「鉢合わせ」の禁止を破った地区には祭りへの参加が規制されているため、大きな事故は起こりにくくなっています。

松山の喧嘩神輿

松山の秋祭も危険です。三津厳島神社、城山公園、道後駅前広場で行われる神輿の「鉢合わせ」は、別名「喧嘩神輿」といい、平成16年(2004)にはかき手17人と観客1人が重軽傷を負いました。ここでは「モテコイ、モテコイ」の掛け声で神輿同士をぶつけあうのです。

城山公園では、商売繁盛の神・四角さんと、五穀豊穣の神・八角さんに分かれて神輿同士をぶつけ合います。なぜぶつけるのかというと、城山公園の鉢合わせでは四角さんは町方神輿、八角さんは村方神輿で、四角さんが勝てば「商売繁盛」、八角さんが勝てば「五穀豊穣」のご利益があると信じられています。
道後温泉駅前では、松山市内の八町から出された八体の神輿をそれぞれ2回ずつ、対戦相手を変えながら、ぶつけ合い、非常に熱気のある光景が眺められます。

松山市北条の暴れ神輿

松山市北条の「風早の火事祭り」では、神社の39段の石段頂上から神輿を落下させます。国津比古命神社では、ご神体が投げ出されるまで、神輿を投げ落とします。神輿がだんだんと壊れていく様子や、担ぎ手たちが掛け声とともに繰り返し石段を上る姿も見られます。

他の神社でも「神輿みそぎ」という神事が行われ、神輿を川に放りこみます。これは地区を練り歩いた神輿の穢れを落とすためで、川に神輿を投げ入れては引き上げ、投げ入れては引き上げを繰り返します。

これには由来があります。氏神様の御霊代が洪水のために大浜の沖合まで流されてしまいました。すると、そこに神様が現れ、「吾は國津の大神なり。大浜の沖合いに流れ、海底に沈んでいる。その海上に瓢ありて、鵜の鳥が止まっている。汝、明朝沖合に舟を漕ぎ出して、吾を引きあげよ」という御神託がありました。翌朝、鵜の鳥が止まっているところに網を入れると、手応えがありました。御神体を引き上げ、「大浜の浜の真砂」で祓い清めたことを再現しているといいます。

どうしてこんなことが行われるのか?

秋祭りは、無事に農作物への取り入れが終わり、その年の豊作や収穫への感謝を神様に捧げることが主な目的です。

神様は、芸能や競争が大好きです。

例えば、相撲はもともと神事で、大山祇神社の神様との相撲(一人相撲)がありますが、神様に花を持たせて神様が勝利します。町と町との競争や、商売人と農家との競争になると、仲間が燃えてくれます。神様に喜んでもらえるように頑張り、みんなで力を合わせるのは、愛媛県人の得意とするところ。だから、競争が付加された祭りには、みんなが燃えるのです。

北条で神輿を壊すのは、「再生」の儀式です。神様の乗り物を毎年新しくするのは、神様に喜んでもらおうという感謝の気持ちなのです。またこれらは、「物忌を解くこと」『神威を示すこと」「祭りの期間の終焉を告げること」の意味があるようです。

おだやかな性格からハイドのように荒々しい性格に変わる愛媛の男たち。この性格が本来のものかどうかは残念ながら不明です。