土井中照がお送りする「ミラクルワールド=愛媛」のご紹介です。
歴史や民俗、食材、郷土料理、名産品、パワースポット、県民性など、びっくりする情報をお届けします。

ワタリガニの秘密

お祭りが終える、カニを食べる季節の到来」

愛媛県の東予地域では、秋祭りのご馳走の主役は「ワタリガニ」です。「太鼓祭り」や、「西条祭り」に参加する人々は、「ワタリガニ」を食べて、祭りのエネルギーを蓄積させるのです。

「ワタリガニ」は、学名を「ガザミ」といい、ふだんは砂のなかから目だけを出して潜んでいますが、夜間にえさを探して群泳します。海中を泳ぎ、潮流にのって長距離を移動することから「ワタリガニ」と命名されました。一番したの足の先がヒレの形をしているので、海のなかを自由に泳ぐことができるのです。

十数回の脱皮を繰り返して大きく成長し、およそ二年半で二十五センチほどの大きさになり、夏から秋はオスが、冬から初秋にかけては卵を抱いたメスが美味しくなります。鍋やみそ汁もいいのですが、茹でガニや焼きガニにすると、カニ味噌や卵を楽しむことができます。「ふんどし」と呼ばれる部分をはずし、菱形の甲羅をはずすと、オレンジ色の卵や味噌がぎっしり詰まっています。

宴席で話をしたい時に「ワタリガニ」を出してはいけないといわれます。美味しいカニの身をほじくり出すのに夢中になり、みんなが無口になって、話を忘れてしまうからです。

だんじり祭りの別名はカニ祭り

JR予讃線の伊予氷見駅に「西条だんじり祭り発祥の由来」と書かれた石碑が建っています。この碑によれば、江戸時代中期に吉祥寺の住職が河内国(かわちのくに)の誉田(こんだ)八幡神社のだんじりに似たものを竹でつくって奉納したのがはじまりと伝えています。だんじりは「山車(だし)」ともいい、神は山岳や山頂の岩や木を依り代として天から降臨するという信仰の名残として、山岳を模した「山車」をつくり神座(かむくら)としたのです。

大阪の「岸和田だんじり祭り」は「かに祭り」とも呼ばれます。この時期になぜ「ワタリガニ」を食べるのかというと、「だんじり」の職人に淡路出身者が多くいたため、だんじり祭りに呼ばれたとき「ワタリガニ」をお土産に持っていったという説や、祭りの時期が「ワタリガニ」の最盛期と重なるからという説があります。秋祭りの頃は「ワタリガニ」の交尾が終わり、深場へ移動する頃で、淡泊な味わいに甘みが深く感じられるようになるのです。

カニは、神に感謝を捧げる祭りにふさわしい生き物です。水陸を行き来するところから「この世」と「あの世」を移動すると考えられたこと、蛇のように脱皮するところやハサミが取れても再生する生命力の強さ、腹にたくさんの卵を持つことからの安産祈願など、祭りにふさわしい民俗的意味合いを持っています。

松山市近郊の松前町にある高忍日売(たかおしひめ)神社は、豊玉比売命(とよたまひめのみこと)が海岸で俄に産気づいたので流木で産殿を建てたのですが、多数の蟹が入って来たので、天忍人命(あめのおしひとのみこと)と天忍男命(あめのおしおのみこと)に箒(ほうき)をつくらせて掃き出し、天忍日女命(あめのおしひめのみこと)が助産婦をつとめて無事出産できました。

このように神聖な存在であるカニを美味しくいただくことも、愛媛の信仰に繋がっています。

ワタリガニとことわざ

カニは、美味しい食材として私たちの生活に密着しているため、ことわざに多く登場します。

賢くない人を揶揄(やゆ)する言葉として「月夜のカニ」があります。これは、月夜に獲れた漁ったカニは肉が少ないといわれているから。俗説によれば、カニは満月の海に映った自分の顔を見て、あまりにも無器量なことを落胆して肉が減るのだというのです。

世界的に見ても「月夜に獲れたカニは肉が少なく味が劣る」といわれていますが、わずか一夜の月光の下でカニが何かの反応を起こして肉が落ちるなどということは実証されていません。このような説が流布されるようになったのは、夜間に遊泳する習性の「ワタリガニ」が月夜に人の目に触れやすく、泳ぎ疲れて身が細ると考えられたのか、満月または新月である大潮(おおしお)のときに産卵を行なうメスのカニは痩せているのではないかと想像したのでしょうか。

「カニは甲に似せて穴を掘る」というのは、自分の体が入れるだけの穴を掘るカニに例えて、身の丈に合わせた願望で満足するようにとの戒めです。「カニの死に挟み」は、死んでも離さぬ強欲のこと。「あわてるカニは穴に入れぬ」は、カニは危険を感じると急いで穴に入るが、慌てすぎると入れなくなることから注意せよという戒めを示します。「カニは食ってもガニ食うな」とは、カニを食べる時の注意で、ガニ=エラの部分は美味しくないから食べるなということ。「カニの横ばい」は、他人から変に見えても、本人にとってはそれが一番適したやり方であることをいいます。

民話の「猿カニ合戦」で、カニはおにぎりと柿の種を猿に無理やり交換させられ、タネが成長して柿の実がなると、ずる賢い猿は自分が食べるだけでカニには全然やらず、青くて硬い柿の実を投げて、カニを殺してしまいます。カニの敵討ちに臼、栗、蜂が参戦して、カニの無念を晴らす筋立てテスが、カニが登場する理由があるのです。カニは柿の種を植えると「早く芽をだせ柿の種、出さなきゃ鋏(はさみ)でちょん切るぞ」と歌いますが、これは古来より伝わる「成木(なりき)責め」という豊穣の祈願で、カニのハサミが木の成長を促すと伝えられています。