土井中照がお送りする「ミラクルワールド=愛媛」のご紹介です。
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愛媛独自のタルト

松山藩の殿様がつくらせたロールケーキ

柚子の香る餡をカステラの中へ「の」の字に巻き込んだお菓子が「タルト」だということを、すべての愛媛県民は知っています。しかし、餡入りロールケーキを「タルト」というのは、愛媛県だけでしか通用しません。一般的に、丸いパイ地にフルーツや野菜などを入れて、オーブンで焼いたフランス菓子を「タルト」というのですから。

松山に「タルト」を定着させたのは、松山初代藩主・松平定行といわれます。正保元年(1644)、定行は異国船の取締りに任命され、ポルトガル船2隻が正保4年(1647)に長崎に入港したため、交渉に赴きましたた。黒船に乗り込んだ定行は、「タルト」の製法を松山へ持ち帰り、巻かれていたジャムを「餡」に代えるよう指示したといいます。

吉田菊次郎著『西洋菓子彷徨始末』には「タルタというと即座にフランス菓子のタルトを思い浮かべてしまいますが、ここではスポンジケーキであるカステーラでできたお菓子を指しています」とあり、「松山の名物にタルトの名のカステラ巻のお菓子があります。これはまさしくも南蛮菓子タルタの系譜を引くものといえましょう」と記されています。

江戸時代のタルト

景浦稚桃著『タルト考』によると、寛文年間から天和年間(1661~83)に行われた茶会で「たるた六十本」が出された記録があり、元禄年間(1688~1903)に書かれた『松山うまいもの尽し』には「たるた餡まきにて、つぶ餡のもの有之候へども、餡のうまさは天下第一に御座候」と記されているというのです。時代が移り、安政5年(1858)の『食道楽』(村井弦斎著の本とは別)に「玉子入り」の「たると(紙屋町のものよし)」と記載されています。

これらから考えると、「タルト」はカステラを使った南蛮菓子であり、松山藩に「たるた」を伝えたのは松平定行で、餡まき状のお菓子のこと。幕末期になると菓子舗で売られていたということがわかります。

全国の菓子で「タルト」に似たものを探すと、長崎地方のカステラ生地で小豆餡を巻いた「かすまき」、卵と小麦粉を使った皮で餡を包んだ大阪府高槻の「冬籠」、島根県津和野の「源氏巻」などがあります。しかし「タルト」と「かすまき」というネーミングには、大きな隔たりがあるのです。

海外のタルト

では、ポルトガルやスペインに、「タルト」のような菓子があるのでしょうか。ポルトガルには「トルタ・デ・ラランジャ」というお菓子が、オレンジの入ったロールケーキです。スペインには「ブラソ・デ・ヒターノ」があります。スポンジケーキでカスタードクリームやジャムを巻き込んだもの。仕上がりに、粉砂糖やジャムをつけるというのも「タルト」によく似ています。

スペインのカタルーニャ語では、曲がったことをトルトtort、トルタtortaといいます。菓子の名前を聞いた定行に対し、ポルトガルでは、ずばりロールケーキを意味します。「トルタ」が「タルト」となり、菓子の名となったのかもしれません。

南蛮菓子の流れを汲む菓子「タルト」が、愛媛県だけに残ったのは、「タルト」のつくり方が口伝として残され、松山以外の地域では真似できなかったということも考えられます。

愛媛県以外の地域では、餡入りロールケーキの商品名に「タルト」の名をつけることはできません。昭和29年(1954)、愛媛県菓子工業組合が商標権を取ったため、餡の入ったロールケーキを「タルト」と名のることができるのは、タルト部会の組合員店だけなのです。